熟睡するための方法【永井俊哉ニューズレター】
みなさんの中には「寝床に入ってもなかなか寝付けない」、「睡眠中に何度も目が覚める」、「毎朝決まった時間に起きられず、生活が不規則になる」、「寝ても疲れが取れず、日中に眠くなる」といった悩みを持つ方も多いことでしょう。睡眠障害は、たんに規則正しい生活に支障をきたすだけでなく、健康リスクを高めるので、できるだけ克服することが肝要です。このプレゼンテーションでは、睡眠障害が寿命を縮める理由を説明した上で、エビデンスのある睡眠改善方法をいくつか紹介したいと思います。
この動画は、Laniでの連載「健康とアンチエイジング」の「熟睡するための方法」を要約して解説したものです。テキストによる詳細は、リンク先を参照してください。
*この「健康とアンチエイジング」のシリーズも今回が最後です。今後、これを主題とした電子書籍を出版する予定です。それまでの間、このニューズレターも少しお休みします。出版時には、またお知らせします。
動画トランスクリプション
第一章 睡眠障害の原因から方法を探る
睡眠の長さと質の異常は、高い死亡率と相関します。京都府亀岡市で行われた前向きコホート研究で、65歳以上の日本人を、睡眠時間が標準的な6時間以上8時間以下か、それより短いか、長いか、睡眠の質が高いか、低いかという基準で六つの群に分け、中央値4.75年間追跡しました。睡眠の質が高く、かつ睡眠時間が7時間前後の群を基準とした各群での多変量調整済み全原因死亡率ハザード比は、このようになりました。括弧内は、95%信用区間です。睡眠の質の高低は、入眠時間、中途覚醒の有無、日中の眠気などを問うたピッツバーグ睡眠質問票のスコアが5.5未満か否かで決めます。見ての通り、8時間超の群と、6時間未満かつ睡眠の質が低い群で、全原因死亡率ハザード比が有意に1を超えました。6時間未満かつ睡眠の質が高い群は、数が少ないために、有意な結果は出ませんでした。睡眠の質と時間の全原因死亡率ハザード比との関係をそれぞれ示すと、こうなります。左のAのグラフは、ピッツバーグ睡眠質問票のスコア0を基準としています。カットオフ値の5.5点あたりから上昇し、11点以上で有意に1を超えました。右のBのグラフは、睡眠時間420分を基準としています。毎日の睡眠時間が7時間より長くても、短くても、全原因死亡率ハザード比が上昇するU字型の関係が得られました。このような相関性はなぜ生じるのでしょうか。まずは睡眠時間の異常から説明しましょう。相関関係を因果関係として解釈するとき、どちらが原因でどちらが結果かが問題となります。結論から先に言うと、長い睡眠時間が死亡リスクを上昇させるメカニズムはなく、死亡リスクの上昇が、結果として睡眠時間を長くするのに対して、短い睡眠時間は、逆に、原因として死亡リスクを上昇させます。どちらにおいても、死亡リスクの上昇は、炎症によって起きます。前回申し上げたように、炎症とは焦土作戦でして、寄生者と戦うための免疫反応です。それは、寄生者の退治に有効ですが、同時に、宿主の寿命を縮めます。私たちは、風邪をひいたら寝て治すという方法を昔から実践してきました。起きて活動するよりも、寝た方が私たちの体がウイルスとの戦いに専念できるので、寄生者との戦いが有利になります。それゆえ、寄生者との戦いという死亡リスクの上昇が原因で、長い睡眠時間が結果という因果関係が成り立ちます。同じ理屈から、睡眠時間を短くすると、寄生者との戦いが不利になるので、短い睡眠時間が原因で、死亡リスクの上昇が結果という因果関係が成り立ちます。次に睡眠の質と死亡率との因果関係を考えましょう。睡眠の質が低下するということは、体内時計の作動に障害があるということです。体内時計の正常な作動に必要な時計遺伝子にBMAL1とCLOCKがあります。これら代表的な時計遺伝子が発現すると、規則正しい覚醒と睡眠の周期が維持され、死亡率が低下します。そのメカニズムを説明しましょう。この図で示したように、時計遺伝子のBMAL1とCLOCKは、E-boxでヘテロ二量体を形成し、概日リズム形成のための転写を正に制御します。概日リズムが健全な場合、Nrf2が酸化ストレスに応答して活性化され、抗酸化遺伝子を発現させます。抗酸化作用により活性酸素が除去されると、負の転写因子の転写が活性化され、CLOCK/BMAL1複合体が抑制されるというネガティブ・フィードバックが機能します。活性酸素による酸化が必要な場合もあります。細菌やウイルスなどに感染した場合です。免疫応答のため、炎症を誘導するマスター転写因子のエヌエフ・カッパー・ビーを活性化しなければなりません。エヌエフ・カッパー・ビーはアイ・カッパ・ビーと結合して抑制されていますが、アイ・カッパ・ビーのリン酸化で抑制が解除されます。エヌエフ・カッパー・ビーが核に移動すると、腫瘍壊死因子αなどの酸化促進遺伝子の発現を誘導し、時計遺伝子を抑制します。それゆえ、免疫応答は、睡眠障害をもたらすのです。酸化による炎症が続いて、死亡率が高まるのを防ぐには、抗老化遺伝子のサーチュインを活性化させなければなりません。結局のところ、免疫応答の結果、睡眠障害が起きるので、睡眠改善のために必要なことは、まず、感染症を治療し、防止すること、そして、抗老化カスケードを促進して、時計遺伝子を発現することです。そのために有効な方法を提案しましょう。
第二章 生活習慣病対策の食事をとる
生活習慣病対策はそのまま睡眠障害対策にもなります。日本人女性労働者を対象に、食習慣とピッツバーグ睡眠質問票のスコアを用いて評価した睡眠の質との関係を調べた研究によると、睡眠の質の低下と有意に関連していたのは、炭水化物の摂取が多い、菓子の摂取が多い、野菜の摂取が少ない、魚の摂取が少ないといった生活習慣病を悪化させる食習慣でした。米国での調査によると、高グライセミック・インデックス、高グライセミック・ロードの炭水化物の摂取が多いほど、不眠症のリスクが有意に高くなるという結果が出ています。また、睡眠の質の低下は、糖尿病発症リスクと相関することが知られています。2016年発表のメタアナリシスによると、糖尿病の相対リスクは、睡眠の質が悪い場合、シフト勤務を行っている場合で、有意に1を超えます。これらの事実は、免疫応答の結果睡眠障害が起きるという説で説明できます。細菌やウイルスは、昼夜を問わず侵入するので、免疫応答時に、私たちの体は常在戦場の態勢をとり、その結果、概日リズムが崩れます。齧歯類を用いた実験から、時計遺伝子を抑制すると、インスリン抵抗性が高まり、糖尿病になりやすくなります。これは、エネルギー源を脂肪として蓄えておくより血糖にしておく方が即座に消費できるからでしょう。しかし、体を長らく常在戦場の状態にしておくと、酸化や炎症が慢性化し、寿命が縮みます。みなさんの中には、睡眠の質を改善しようとヤクルト1000を飲んでいる人もいるでしょうが、ヤクルト1000に大量に含まれている砂糖、ぶどう糖果糖液糖、高果糖液糖といった高グライセミック・インデックス、高グライセミック・ロードの糖質は、たんに生活習慣病のリスクを高めるだけでなく、肝心の睡眠の質にも悪影響を及ぼしえます。睡眠の質を改善するために必要なのは、マツコ・デラックスの真似をすることではなくて、マツコ・デラックスのような体にならないようにすることです。
第三章 メラトニンを増やす食事をとる
私たちの体で概日リズムを調節しているホルモンはメラトニンです。この図にあるように、眼から入る光の刺激は、視交叉上核(しこうさじょうかく)にある体内時計に覚醒のシグナルを与えます。その情報は、さらに室傍核(しつぼうかく)、上頸神経節(じょうけいしんけいせつ)を経て、メラトニン分泌を司る松果体(しょうかたい)に伝達され、メラトニンを抑制します。反対に、夜間の暗闇では、メラトニンの分泌量が増加し、催眠作用を発揮します。このグラフにあるように、メラトニンのレベルは、夕方から徐々に高まり、深夜にピークに達した後、日の出とともに日中レベルに下がります。メラトニンの分泌量は、加齢とともに減ります。それなら、メラトニンを経口摂取すればよいと思うかもしれませんが、経口摂取しても効果は長続きしないので、入眠の助けにはなっても、中途覚醒防止にはなりません。代わりに体内での合成を増やすという方法があります。メラトニンの材料であるトリプトファンを食品を通じて摂取するという方法です。経口摂取したトリプトファンは、日中に脳内でセロトニンに、夜になるとメラトニンに代謝されます。日本の子供を対象にした調査によると、朝食におけるトリプトファンの含有量の少なさは、就寝時の寝付きの悪さや起床時の目覚めの悪さと有意に相関していたとのことなので、トリプトファンを多く含む食品を朝食で摂取することが睡眠の質を向上させるには重要と言えそうです。トリプトファンを多く含む食品には、大豆たんぱく、乳製品のガゼイン、しろさけ、ごまさばなどがあります。朝食の献立を考える上で参考にしてください。
第四章 GABAで交感神経の働きを抑える
ガンマアミノ酪酸、略してGABAは、交感神経の働きを抑制し、副交換神経の働きを促進します。日本での試験の結果によると、GABA100mgを投与すると、30分後に血中GABA濃度が有意に上昇し、睡眠潜時、つまり、就床時刻から入眠までの時間が有意に短くなり、入眠後最初のノンレム睡眠の時間も有意に増えました。GABAは、様々な食品に含まれていますが、食事からとることはお勧めできません。睡眠の30分前に食事をとると、睡眠中のオートファジーが抑制されるので、避けるべきです。睡眠前なら、代わりに、サプリメントとして摂取するとよいでしょう。その際、GABAだけでなく、GABAとGABA受容体の結合を促すハーブも一緒に摂取するとさらに効果的です。そうした機能を持つハーブとして有名なのが、バレリアンとパッション・フラワーです。ただし、バレリアンは、ホップとの組み合わせで使われます。2008年発表のランダム化二重盲検プラセボ対照試験によると、バレリアンとホップを投与した群は、プラセボ群と比較して、脳波計で計測した睡眠時間及び深い睡眠時間の両方が、一晩で有意に長くなったとのことです。2011年のランダム化二重盲検プラセボ対照試験によると、パッション・フラワーのハーブティを飲んだ群は、プラセボのお茶を飲んだ群と比較して、睡眠の質が有意に改善したとのことです。それゆえ、GABAとバレリアン、ホップ、パッション・フラワーを配合したサプリメンを入眠30分前に摂取すると効果があることでしょう。
第五章 アロマテラピーで興奮を鎮める
アロマテラピーとは、薬草から抽出した精油を芳香として嗅ぐことによる自然療法です。2021年発表のメタアナリシスによると、アロマテラピーによる睡眠改善の効果量の合計は0.65で、対照群よりも高い有意差が確認されました。また、数ある精油の中で、最も睡眠改善効果があったのは、ラベンダーでした。ラベンダーは、不安を鎮めるリラックス効果を持つ代表的な精油です。睡眠改善のために使われるもう一つの精油として、スイート・オレンジがあります。日本の健康な大学生を被験者として、スイート・オレンジとラベンダーの効果を比較した試験によると、ラベンダーがスイート・オレンジよりも客観的な測定、特に睡眠潜時の改善で効果があったのに対して、主観的な睡眠の測定では、スイート・オレンジはラベンダーよりも効果的であったとのことです。スイート・オレンジは、オレンジから作られるため、ラベンダーよりも安価ですが、ラベンダーほどエビデンスがないので、安眠用の精油としては、ラベンダーだけでよいのではないかと思います。
第六章 概日リズムを光で同期させる
睡眠障害が増える現代的要因として、コンピューター画面が発するブルーライトがあります。このグラフで、スマホがメラトニン分泌に与える影響を確認しましょう。点線で示したのは、明るい時に色覚を司るSML錐体と暗い時に光覚を司る桿体 (かんたい)の標準化された吸収スペクトルです。このように、私たちの視覚は、幅広い波長の光を認知しています。黒の曲線は、一般的なスマホの画面を最大輝度にした場合の発光スペクトルです。有害なブルーライトのスペクトルを表す青色の曲線だけでなく、光受容体であるメラノプシンの感度を表すヨモギ色の曲線ともピークが重なっています。寝る前にブルーライトを浴びると、メラトニンの分泌が抑制され、入眠が遅れる所以です。よく講じられる対策は、ブルーライト・カット・メガネの着用です。2020年発表のメタアナリシスによると、ブルーライト・カット・メガネを装着したところ、ピッツバーグ睡眠質問票のスコアが有意に低下したので、一定の睡眠改善効果があると言えます。もっと徹底した対策は、就寝前の時間を暗闇で過ごすという方法です。ポッドキャストや動画の音声をバックグラウンド再生すれば、スマホの画面の電源を切ることで、体内時計を遅らせることなく、コンテンツを消費できます。音は光ほど体内時計を狂わせないからです。多くの人は、覚醒のためにベルが鳴る目覚まし時計を使っています。しかし、音では気持ちよく自然に目覚められません。毎朝決まった時間に気持ちよく自然に目覚めるための一番簡単で原始的な方法は、カーテンを開けたまま寝るという前文明的なやり方です。朝になると日光が差し、体も温まって、自然と目を覚ませます。プライバシーの問題でカーテンを開けたままにできない、あるいは窓が東向きではないという人は、タイマー付き照明を使って、朝の目覚めを擬似自然的にエミュレートすればよいでしょう。
第七章 概日リズムを温度で同期させる
概日リズムは体温変動のリズムでもあることが知られています。私たちの体温は、入眠の2時間前から低下し始め、体温の低下速度が最大になると、最初の深い眠りであるノンレム睡眠に入ります。では、この相関性は、因果関係としてはどうなのでしょうか。1995年発表の実験によると、概日リズムを睡眠サイクルから切り離しても、ノンレム睡眠に移行するたびにコアの体温が低下することから、睡眠自体が体温低下を惹き起こしていることがわかりました。逆向きの因果関係は、睡眠前の入浴で睡眠の質が改善される「温浴効果」から実証できます。2019年発表のメタアナリシスによると、入眠前の1時間から2時間の間に、わずか10分間、水を使った受動的な加温を行うだけで、睡眠潜時が約36%短縮するとのことです。それゆえ、体温低下と入眠の因果関係は、双方向であると考えられていますが、睡眠改善という点では、後者の因果関係の方が重要です。入眠時に体温を下げるには、その前に上げる必要があります。夕方に運動した後、風呂に入って、その後に体を冷やせば効果的です。タイマー設定可能なエアコンがあるなら、寒い冬には、起床時に暖房が入るように、寝苦しい夏では、逆に入眠時に室温を低くするようにするとよいでしょう。以上、エビデンスに裏付けられた「熟睡するための方法」をいくつか提案しました。睡眠障害と言っても、その内容は人それぞれでしょうから、ここで提案した方法をすべて実践する必要はありません。自分の悩みを一番解決してくれそうな方法から始めることをお勧めします。