トランプの政策は米国の国益に資するのか【永井俊哉ニューズレター】
ブログの読者からドナルド・トランプ大統領がリバタリアンかどうかという問題提起を受けましたが、彼の場合、それ以前の問題として、政治家としての思想があるかどうか疑わしく思います。
もともと政治家ではなくて、実業家であったトランプは、国家運営を企業運営と同等視しています。グリーンランドの購入を要求しているのも不動産屋の発想です。政治家なら、ロシアの脅威から米国を守るために、グリーンランドを直接所有する必要はないと考えるのが普通です。
企業経営者にとって、長期にわたる赤字は、企業の存続に関わる問題なので、黒字化しなければなりません。トランプは、この経営者の発想を、貿易収支赤字に持ち込み、関税で早急に解決しようとしています。
重商主義の時代、ヨーロッパの君主はトランプと同じ考えでしたが、アダム・スミス以降、自由貿易の方が諸国民の富を増やすと考えられるようになりました。特に、米国のような基軸通貨を発行する覇権国は、貿易収支、あるいはもっと広く経常収支の赤字を企業の赤字と同等視する必要はありません。
私は、「現代貨幣理論と令和の政策ピボット」(2021年)で、法定貨幣論や信用貨幣論では不十分として、商品貨幣論を主張しました。商品貨幣論といっても、財商品としてではなくて、サービス商品として通貨には価値があるというものです。そして、債券の債券である国債も、金融商品としての価値があることになります。
この商品貨幣論に基づくと、米国の貿易・サービス収支は赤字でないということになります。赤字であるように見えるのは、世界的に売れている金融商品のドル通貨を除外しているからです。ドル紙幣を輸出品とみなすなら、紙を印刷するだけで欲しいものを海外から輸入できる米国は、外国からすると羨ましい存在ということになります。
もちろん米ドルは、無条件で基軸通貨なのではありません。米国が、自由貿易における最大の交易国で、かつ、自由貿易圏の安全保障を提供しているからこそ、米ドルは基軸通貨として日意を維持できるのです。実際、米ドルの基軸通貨としての地位は、米国が孤立主義を捨てた第二次世界大戦以降のことなのです。
トランプは、2025年1月31日の投稿で、共通通貨の創設を話し合うBRICSに対して、米ドルを基軸通貨として支持するよう要求し、従わなければ100%の関税を課すと脅しました。このように、米ドルの基軸通貨としての地位保全に執心なのとは裏腹に、トランプは、関税によって米国経済を国際経済から切り離そうとしたり、国外での安全保障上の役割を後退させようとしたりして、米ドルの基軸通貨としての地位を危うくしています。
さらに不可解なのは、トランプが、暗号資産の普及に熱心なことです。トランプは、1月24日に、ビットコインの戦略備蓄を創設する大統領令に署名し、3月7日には、ホワイトハウスで暗号資産サミットまで開催しました。もしもBRICS諸国が、ビットコインを米ドルに代わる基軸通貨として使用すると宣言するなら、どうするつもりなのでしょうか。
BRICS諸国だけなら、影響は限定的ですが、トランプは、カナダやヨーロッパといった伝統的な同盟国に対しても関税戦争を仕掛けています。また、NATO加盟国に対して、国防支出が不十分な場合、攻撃を受けても防衛しないと公言したり、日米同盟の片務性に不満を表明したりしています。ボルトン前米大統領補佐官の回顧録によると、一期目の時、トランプは、米軍を撤退させると脅して、在日米軍の駐留経費の日本側負担を四倍にすることを要求したとのことです。
どうやらトランプは、日米同盟をたんなる負担としてしかみなしていないようですが、日本は、たんに米軍に基地を提供しているだけでなく、米国債を買い支えるなど、経済面で米国のヘゲモニーを支えてきたことを見落としています。もしも米国が日本を防衛する義務を果たさないというのなら、日本は、米国債を売却し、備蓄してきた米ドルを自国の防衛力強化に使用することになるでしょう。
他の国も同様の行動をとるなら、自由貿易からも集団安全保障からも退いた米国の通貨は、ローカル通貨と化してしまいます。そうなると、これまで問題ではなかった米国の赤字が、問題となってきます。輸出を増やそうとしても、報復関税やデジタル課税のような対抗措置で、うまくいかないでしょうから、消費を抑制しなければならなくなります。それは米国民の生活水準を低下させることになるでしょう。
逆説的な言い方をすると、トランプは、貿易赤字という深刻ではない問題を、深刻と誤解して解決しようとすることで、本当に深刻にしてしまうということです。消費を犠牲にすれば、赤字は解消されますが、そうなると、米国の経済規模が縮小してしまいます。トランプは、メイク・アメリカ・グレート・アゲインを公約に掲げて当選しましたが、彼がやろうとしていることは、メイク・アメリカ・スモール・アゲインなのです。