自民党総裁選での解雇規制の見直しについて
2024年9月12日に告示された自民党総裁選で、解雇規制の在り方が大きな争点の一つになっています。きっかけは、有力候補の一人、小泉進次郎が解雇規制の見直しを主張したことです。
当人の主張は「解雇規制の見直し」であって、「解雇の自由化」ではありませんが、長年タブー視されてきた話題であるだけに、たんに言及するだけで、大きな波紋を広げています。
これに対して、高市早苗は「労働市場の流動化のご主張ですが、私の認識ではOECDの指標をみると、イタリア、フランス、ドイツの方がかなり解雇しにくい。G7だけで見ると日本は4番目。どちらかというと解雇しやすい国になってしまっている」と反論しました。
たしかに、日本の解雇規制は控えめな文言となっています。日本で解雇規制に相当する法律は、労働契約法第16条の「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」だけです。
この条文は、当たり前のことを言っているように見えるので、日本は解雇しやすい国と判断されてしまいます。しかし、そうした法律の形式的な比較には落とし穴があります。なぜなら、この条文に登場する「社会通念」が日本と海外では異なるからです。
海外では、技術者として採用された従業員は、その職がなくなると、レイオフになるのが「社会通念」です。ところが、日本では、社員をジェネラリストとして使いまわすことが「社会通念」となっているので、技術者としての職がなくなっても、他の職、例えば営業マンとして雇用し続けなければなりません。
それゆえ、ジェネラリスト擦り合わせ型の経営をしている日本の方が、スペシャリスト組み合わせ型の経営をしている海外よりも解雇のハードルが高いのです。OECDの指標は、こうした違いを考慮に入れていません。
また、欧州には解雇の金銭解決制度がありますが、日本にはありません。井沢元彦が謂う所の「言霊信仰」のせいかどうか知りませんが、日本は解雇のルールを法に明文化していません。
その点で、日本の方が、欧州よりも規制が少ないとはいえ、経営者からすると、規制が少ない方が、予見可能性が低くなるので、解雇が難しくなります。実際、いくら払えばよいのかは、裁判所の判決を仰ぐまでわかりません。
そこで、日本の経営者は、解雇したい社員を追い出し部屋に送り出し、鬱で自主退職するまでイジメ抜くという陰湿な手段を講じます。こんなことをしている日本が、金銭解決制度を設けている欧州よりも労働者を保護していると言えるでしょうか。
進次郎が「解雇の自由化」ではなくて、「解雇規制の見直し」と言っているところを見ると、おそらく彼は、米国型の自由解雇ではなくて、欧州型の解雇の金銭解決制度を念頭に置いているのでしょう。
私は、最終的には解雇コストをゼロにすべきだと思っていますが、経過措置として、解雇の金銭解決制度が必要だと考えています。それは、日本には、年功給(≒職能給)という賃金の後払い制度があるからです。
賃金の後払い制度には転職を防止する効果があり、ブラック企業を生み出す温床となってきました。早期退職や解雇でも、後払い賃金に相当する金銭的補償が受けられるのなら、年功給による転職阻止効果を無効化できます。
転職市場が活性化すると、人材の奪い合いになるので、労働者の賃金が上昇し、労働環境も改善します。他方で、生産性の低い企業は、人材が確保できずに、淘汰されます。結果として、日本の労働生産性が向上し、経済が成長します。
ジェネラリストの中高年には転職先がないと思うかもしれませんが、多くの中小企業が後継者不在に悩んでいるので、労働市場が流動化すると、大企業が抱える「働かないおじさん」問題と中小企業が抱える後継者不足の問題が同時に解決されます。
高市は、労働市場の機能不全を放置したまま、財政出動で経済を成長させようとしていますが、既に物価高になっている今、供給サイドの構造改革なき積極財政は、悪いインフレをもたらすだけです。
実際、コロナ禍以降、異次元の金融緩和に異次元の財政出動が加わり、日本経済は、デフレから脱却したものの、実質経済成長率は低迷したままです。デフレの時には、リフレ政策が必要ですが、たんなるリフレだけでは不十分ということがはっきりしました。
また、高市は、成長投資と称するターゲティング・ポリシーを政策に掲げていますが、政府が税金を投入して新産業を育成しようとした産業政策がことごとく失敗した過去から何も教訓を得ていないようです。
今回の自民党総裁選には九人が立候補していますが、経済政策の有害さという点で、高市の公約は群を抜いています。彼女のような国家社会主義的傾向を持つ政治家が、世論調査で人気なのは、残念なことです。
もう一人の人気候補は、石破茂です。彼の話し方は思慮深い印象を与えますが、たんに政策課題を語るだけで、解決策にまではなかなか踏み込みません。実際、彼の政策、石破ビジョンを見ても、様々な目標が書かれているだけで、それを実現するための具体的な政策はあまり見当たりません。
石破が首相になるなら、特段何もしないまま時間が浪費されることになりそうです。岸田首相も、一番何もやりそうにない安心な候補という消極的な理由で選ばれたので、石破も同じ理由で選ばれるかもしれません。
それと比べると、敢えて世間の反感を買いそうな「聖域なき規制改革」を掲げた進次郎の勇気は称賛に値します。日本を衰退から救うために本当に必要な改革は、激しい抵抗に遭うものです。その抵抗を乗り越えて、改革を断行できるかどうかに日本の未来がかかっています。
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