氷河期世代はなぜ貧しいのか【永井俊哉ニューズレター】
就職氷河期世代が貧しくなったのは、就職期にバブル景気が崩壊したからだとか、小泉と竹中の新自由主義のせいだとかいったことが世間では言われていますが、この世代が不遇であった本当の理由は、終身雇用・年功序列がもたらすネズミ講オーナスであることを示しましょう。
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動画の目次
00:20 第一章 就職氷河期世代の受難とその負の遺産
06:30 第二章 1985年での経済企画庁の的確な予想
10:21 第三章 ネズミ講ボーナスとネズミ講オーナス
18:14 第四章 就職氷河期の通説の批判的検討
30:45 第五章 今もなお続くもう一つのネズミ講
33:24 第六章 逆ネズミ講としての少子化対策
35:35 第七章 ネズミ講オーナスから脱却するには
動画のトランスクリプション
第一章 就職氷河期世代の受難とその負の遺産
内閣府の定義によれば、就職氷河期とは、1993年から2004年の就職難の期間です。
このグラフの実線は、大学の新卒就職率の推移を示しています。
1993年から2004年にかけての大学卒業者の就職率は平均69.7%で、その期間を除く1985年から2019年の平均80.1%を大きく下回っています。
就職氷河期に就活する羽目になった世代は、就職氷河期世代と呼ばれます。
1971年から1974年に生まれた団塊ジュニア世代と1975年から1981年に生まれたポスト団塊ジュニアは、大学を最短で卒業した時期が、1993年から2003年までで、浪人や留年などを考慮に入れると、1993年から2004年にかけての就職氷河期とほぼ一致します。
つまり、二つの世代は、大卒就職氷河期世代のコアを形成していることになります。
このグラフは、2020年現在での日本の生年別人口分布です。
1947年から1949年にかけて生まれた団塊世代と1971年から1981年にかけて生まれた団塊ジュニアとポスト団塊ジュニアの人口が多いことがわかります。
団塊ジュニアには、団塊世代の第一子が多く、ポスト団塊ジュニアには第二子以降が多いという特徴があるものの、そうした区別にはあまり意味がないので、ここでは、両方を併せた世代を団塊二世と呼ぶことにします。
団塊世代の数が多かったので、子供の世代である団塊二世の数も多いことが確認できます。
団塊二世の就活期に非正規労働が増えました。
このグラフは、就業者に占める非正規雇用労働者の割合の推移を示しています。
就職氷河期において、非正規雇用労働者の割合が急速に高まっています。
バブル景気の最中にも上昇していますが、これは自由追及型の自発的非正規雇用労働者が増えたおかげです。
就職氷河期においては、正規雇用労働者になろうとしてもなれない非自発的非正規雇用労働者が増えました。
現在高止まりしている理由は、一方で、非自発的非正規雇用労働者が減ったものの、他方で、高齢者や女性を中心に、自発的非正規雇用労働者が増えているからです。
自発的か否かは、完全失業率を見ればわかります。
新卒就職する年齢である15歳から24歳の男女及び全体の完全失業率の推移をご覧ください。
どれも、就職氷河期には、バブル景気の最中とは異なり、新卒者の完全失業率が急上昇しています。
この時期に非正規雇用労働者の割合が増えたということは、望まないのに非正規雇用労働者にならざるをえなかった人が増えたということです。
新卒者の完全失業率は、2008年のリーマン・ショックや2011年の東日本大震災によって一時的に悪化したので、2012年までは準氷河期と呼ぶことにしましょう。
とはいえ、大局的に見て、2003年をピークに、今日に至るまで下落傾向にあります。
そのおかげで、団塊二世も正規労働にありつけるようになりました。
但し、大企業では、長い間非正規労働に従事した団塊二世を採用するハードルが中小企業よりも高いのが現実です。
このグラフは、2021年現在で、各年齢階級が従業員500人以上の企業に雇用されている割合を示しています。
団塊二世、すなわち就職氷河期世代が占める40代の割合が、他の世代よりも低くなっています。
劣悪な雇用環境にあったため、団塊二世は資産形成が十分でありません。
このグラフで、左側の2004年時点で新人類世代に相当する40代の金融資産と右側の2021年時点で団塊二世に相当する40代の金融資産を比較しましょう。
新人類世代の金融資産の中央値が350万円であったのに対して、団塊二世の金融資産の中央値は200万円に減りました。
同じ40代でも、団塊二世は新人類世代よりも300万円未満が多く、資産形成が不十分であることが確認できます。
経済力の低さゆえに未婚者が多いのも団塊二世の特徴です。
このグラフは、配偶関係別の人口構成比を1980年と2020年で比較したものです。
1980年時点では、20歳から40歳にかけて青色で記した未婚者の割合が男女とも急速に低下しています。
ところが、2020年では、団塊二世に相当する39歳から49歳の年齢で未婚者の割合が高止まりしています。
特に男性は、2割以上が未婚のままです。
その結果、団塊二世の子に当たる世代、団塊三世は、幻のベビーブーム世代となりました。
第二章 1985年での経済企画庁の的確な予想
団塊二世が不遇の世代となることは、実は、1985年の時点で既に政府によって予測されていました。
1984年に、社団法人社会開発研究所が、経済企画庁の委託で、労働市場の未来を展望する研究プロジェクトを始め、その報告書は、1985年に『21世紀のサラリーマン社会』と題して出版されました。
この報告書は、労働市場が、終身雇用と年功賃金に守られた内部労働市場とそうではない外部労働市場とに二極分化している事実を指摘しつつも、世帯主が内部労働市場で働いているので、問題はないとしています。
報告書は、しかしながら、団塊二世が就職しようとする時、本来一家の大黒柱となるべき者までが、外部労働市場に転落する暗い未来を予測しているので、その箇所を引用しましょう。
「内部労働市場に参入できない団塊二世たちのかなりの部分がアルバイト等外部労働市場での労働を余儀なくされるのではなかろうか。
昭和六〇年代半ばには、団塊の世代は四〇代、働き盛りである。
一方、団塊の世代の妻たちは子育てを終えパートタイマー等の形で労働市場に参入してくる。
この時期には団塊の世代の夫、妻、子の二世代が同時に不安定な労働市場に身をさらすことになるのである。
むろん、現在のアルバイトの賃金でも若者が生活していくためには差し当たり困難はないであろう。
しかし、結婚し子供が生まれ、教育費がかさむようになり、また住宅ローンを抱えるようになればアルバイトで生活することは不可能である。
アルバイトを転々としながら、三〇歳前後になって内部労働市場に参入しようとしてもその壁はあまりに厚い。」[経済企画庁総合計画局『21世紀のサラリーマン社会: 激動する日本の労働市場』東洋経済新報社 (1985/8/1). p. 111-112.]
まさにこの通りになったからこそ、非正規雇用を強いられた団塊二世の多くが結婚できなくなり、団塊三世が幻のベビーブーム世代となったのです。
報告書は、団塊二世を冷遇し、人材育成を怠るツケが、21世紀の企業経営にも回ってくることを警告しています。
「西暦二〇〇〇年以降の仕事の主力を担っていくのは誰か。
それこそ、団塊二世たちにほかならないのである。
今後団塊の世代の負担に堪えかねて、企業が団塊二世の採用を抑制するならば、企業は二〇〇〇年以降の主役を失ってしまうことになるのである。」[経済企画庁総合計画局『21世紀のサラリーマン社会: 激動する日本の労働市場』東洋経済新報社 (1985/8/1). p. 124.]
赤字で強調した箇所に注目してください。
これこそが、就職氷河期の本質的な原因です。
それにしても、1985年といえば、団塊二世がまだ中学生以下であった年です。
1985年の時点では、バブル景気は崩壊どころかまだ始まってもいませんし、広範囲にわたる派遣労働の規制緩和も全く見通せません。
それにもかかわらず、経済企画庁が団塊二世の運命を正確に予測できたのは、実は、驚くべきことではありません。
年功序列というネズミ講システムと当時の人口分布という二つの事実から簡単に予測できたからです。
第三章 ネズミ講ボーナスとネズミ講オーナス
終身雇用と年功序列を特徴とする日本的経営は、1960年代に完成しました。
団塊の世代が、中学校を卒業し、金の卵として集団就職を始めたのは、1962年以降です。
大学を卒業したのは、1969年以降です。
それゆえ、日本的経営が完成した時期は、団塊の世代が労働市場に参入する時期と重なっています。
高度成長期であったので、団塊の世代は、数が多かったのにもかかわらず、難なく就職できました。
1973年の石油危機以降、日本経済は高度成長期から安定成長期に移行しました。
日本経済の成長は、スピードが鈍化したものの、他の先進国よりも好調でした。
1979年にエズラ・ヴォーゲルが『ジャパンアズナンバーワン』を出版したことに象徴されるように、この時期、日本経済は黄金時代を迎えました。
ヴォーゲルを含め、多くの人は、日本経済の強みは日本的経営にあると思いました。
しかし、それは誤解に基づいています。
このグラフは、OECD加盟国間における主要先進七か国の時間当たり労働生産性の順位を示したものです。
左側の70年代から80年代にかけての黄金時代においてすら、日本は、主要先進七か国の中で、ナンバーワンどころか最下位です。
日本的経営が優れていた時期は、実は一度もなかったのです。
日本的経営が非効率であるのにもかかわらず、日本が安くて高品質な製品を世界に輸出できたのは、年功序列の初期の効果ゆえであったことを説明しましょう。
年功序列とは、勤続年数に合わせて賃金が増加する制度です。
海外の企業では、職務遂行能力に応じて支払われる職務給が常識ですが、日本の企業では、勤続年数と連動して上昇する職能給が一般的です。
しかし、実際には、勤続年数とともに能力が上昇し続けるということはありません。
あくまでも一般論ですが、老化により体力が低下したり、新しい時代の変化に適応できなくなったりして、従業員の会社に貢献する能力がしばしば低下します。
それを無視して、年齢とともに職能給を上げていくと、この図に示したように、会社への貢献と報酬の高さにギャップが生じます。
若い時は、貢献よりも少ない報酬しか受け取れないので、貢献よりも多くの報酬を受け取る中高年労働者は、若手労働者を搾取していることになります。
もちろん、上の世代から搾取された若手労働者も、自分が中高年労働者になると下の世代から搾取することで損失を補填できます。
これは一種のネズミ講です。
ネズミ講とは、下位会員が上位会員に金品を貢ぐ無限連鎖講です。
下位会員がネズミ算的に増えていって、ピラミッド型を形成するなら、会員は上に貢いだ以上の金品を下から受け取るので、利益に与れます。
これをネズミ講ボーナスと呼ぶことにしましょう。
会員が無限に増え続けることは物理的に不可能なので、ネズミ講ボーナスは永遠には続きません。
このように、下位会員がどんどん減っていって、逆ピラミッド型になると、上に貢いだ以上の金品を下から受け取れなくなり、損失を被ります。
これをネズミ講オーナスと呼ぶことにしましょう。
オーナスとは、重荷とか負担とかといった意味の英語です。
ボーナスと音が似ているので、対比的に使われることがあります。
通説によれば、1991年まで日本経済が成長できたのは人口ボーナスのおかげで、それ以降の低迷は人口オーナスのせいだと一般には思われています。
しかし、どの国でも少子高齢化が進行しています。
それなのに、なぜ日本だけ失われた30年となっているのでしょうか。
このグラフは、1960年から2023年までの日本、米国、韓国の一人当たりGDPを表しています。
失われた30年の間に一人当たりGDPが、日本だけ低迷しています。
米国では、ベビーブーマーが高齢化しつつありますが、経済は成長しています。
韓国の合計特殊出生率は、2001年以降、日本を下回っていますが、日本のようにはなりません。
30年以上の経済低迷という日本特有の現象の原因は、日本特有の仕組み、すなわち年功序列に求めなければなりません。
ここでまた経済企画庁の報告書『21世紀のサラリーマン社会』に戻りましょう。
報告書に掲載されているこの図は、1980年における年齢層ごとの労働者数を示しています。
左側が男性、右側は女性の労働者数です。
斜線の正規雇用労働者の分布を見れば、なぜ1980年前後の期間がネズミ講ボーナスの期間であったかがわかります。
上が下を搾取するネズミ講は、別名ピラミッド商法と呼ばれるように、上下の階層がピラミッド型を形成している限り、うまくいくのです。
しかし、報告書が警告するように、ネズミ講にとって理想的なピラミッドの形状は、二つの理由から持続不可能でした。
「団塊の世代が40から44歳になる1990年にはピラミッドの形が崩れ始め、2000年には完全な「ずん胴型」となる。
また女子についても定着雇用層が着実に増大することがわかる。」[経済企画庁総合計画局『21世紀のサラリーマン社会: 激動する日本の労働市場』東洋経済新報社 (1985/8/1). p. 78.]
実際、1986年に男女雇用機会均等法が施行されて以降、男性と同様に頂点を目指すキャリア・ウーマンが増え始めました。
左右両方のボリュームゾーンが、年功序列のピラミッドの上層に登るにつれて、企業は、より高額な職能給を支払わなければならなくなりました。
日本企業は、ネズミ講オーナスに二つの方法で対処しようとしました。
まず、既存の正規雇用労働者をリストラしようとしましたが、希望退職者の募集という生ぬるい方法には限界があります。
そこで、新規の正規雇用労働者の採用を停止し、非正規雇用で必要なときに必要なだけ活用することで、膨れ上がる人件費を抑制しようとしました。
こうして就職氷河期が生まれたのです。
第四章 就職氷河期の通説の批判的検討
就職氷河期に非正規労働のワーキング・プアが増えた理由を説明する二つの代表的な通説は、労働者派遣法規制緩和説とバブル景気崩壊説です。
まずは、前者を取り上げましょう。
NHKスペシャル取材班は、次のように言っています。
「かつて「一億総中流社会」といわれた日本の「中流」が危機にある。
中間層の賃金が減少し、当たり前の生活ができる「中流」は壊滅寸前。
その結果、日本全体が貧しくなった。
この大きな原因が、1990年代半ばから始まった非正規雇用の拡大だ。
規制緩和の流れの中、労働者派遣法が改正され、一部の業種のみに許されていた派遣労働は「原則自由」となっていく。」[NHKスペシャル取材班. “「派遣法改正は失敗だった」と大臣もつぶやいた…非正規雇用を拡大した“張本人”たちの「本心」.”『現代ビジネス』講談社. 2023.09.08.]
ここで、労働者派遣法の歴史を振り返りましょう。
1986年に施行され、1996年の改正で、適用対象が16業務から26業務に拡大されました。
1999年の改正で、適用対象の限定方法が、ポジティブ・リスト方式からネガティブリスト方式に変更され、原則として自由化されます。
2004年の改正で、製造業での労働者派遣が解禁となりました。
この中で最大の規制緩和は、1999年の改正です。
はたして、これが非正規雇用拡大の原因なのでしょうか。
非正規雇用労働者の割合の推移と比べましょう。
1996年改正は、ここ、1999年改正は、ここ、2004年改正は、ここです。
最大の規制緩和は、就職氷河期が始まって、非正規雇用が増加し始めてから行われています。
規制緩和の結果、非正規雇用労働者が増えたのではなくて、非正規雇用労働者が増えた結果、その多様な需要に対応するために、非正規労働の形態が多様化したというのが実態です。
もしも労働者派遣事業が禁止されていたなら、どうなっていたかを想像してください。
おそらく、派遣労働者になるような人は、従来型の非正規雇用労働者になっていたことでしょう。
団塊の世代が能力不相応に高額な職能給を受け取っていたことが根本原因である以上、規制緩和があろうがなかろうが、多くが非正規雇用労働者として最小限の仕事しか与えられないという団塊二世の運命が変わることは望むべくもないのです。
就職氷河期が生まれる原因は、1985年の時点で正確に理解されていました。
ところが、実際に就職氷河期が始まると、正しい認識が忘れられ、代わりに、規制緩和が原因で非正規労働が増えたといったような間違った説が横行するようになりました。
それはおそらく、労働者派遣法規制緩和説は、小泉・竹中改革を批判したい人たちにとって好都合だったからなのでしょう。
例えば、経済ジャーナリストの岩崎博充は、次のように小泉政権を批判しています。
「就職氷河期世代が不幸だったのは、2000年代はじめに小泉政権が誕生し、非正規社員の規制を大幅に緩和したことだ。
それまで許されなかった製造業での非正規雇用を全面的に緩和し、その影響で大企業は正社員の採用を大幅に抑え、非正規雇用を増やす雇用構造の転換を進めることができた。」[岩崎博充「氷河期世代がこんなにも苦しまされている根因」『東洋経済オンライン』2019/08/02.]
青字で記した件は、事実誤認に基づいています。
なぜなら、それ以前から、日本の製造業では、臨時工や期間工といった非正規雇用労働者が働いていて、雇用の調節弁になっていたからです。
これら直接雇用とは別に、間接雇用として、業務請負企業が雇用する請負労働者が、派遣労働者と同じような役割を果たしていました。
仮に小泉内閣での規制緩和がなかったとしても、製造業での派遣労働者が、従来型非正規雇用労働者に置き換わるだけで、正規雇用労働者の増加は期待できません。
また、小泉政権が行った2004年改正は、就職氷河期を終わらせたことからもわかるとおり、雇用環境を悪化させたということはありません。
巷間に流布する小泉批判には、こうした杜撰なものが多いのですが、竹中批判はもっとお粗末です。
例として、ブロガーの鈴木傾城による竹中批判を取り上げましょう。
「竹中平蔵と言えば、「正規雇用と言われるものはほとんどクビを切れないんです。
クビを切れない社員なんて雇えないですよ、普通」とか言って、非正規雇用者を大量に増やした経済学者でもある。
実際、小泉政権ではこの竹中平蔵の経済政策によって構造改革が強引に行われ、どんどん若年層の非正規雇用化が進んでいったのだが、その結果として誕生したのが「若年層の貧困と格差」が強烈に広がっていく社会だった。」[鈴木傾城. “竹中平蔵が若者に仕掛けた罠。
「1億総非正規」でも金を増やせる人間の思考.”『マネーボイス』2021年1月24日. p. 1.]
このように竹中が非正規雇用増加の元凶として槍玉に挙げられるのは、人材派遣会社のパソナを傘下に持つパソナグループの取締役会長を務めていたからでしょう。
しかし、彼がパソナの特別顧問に就任したのは、2007年です。
竹中は、2006年に政界を引退しているので、大臣在職中に人材派遣会社と利害関係を持っていませんでした。
また、そもそも、竹中は労働者派遣事業を管轄する厚生労働大臣には就任していないので、竹中のせいにするのはおかしいのです。
さらに、竹中の構造改革で貧困と格差が広がったというのも事実に反します。
この完全失業率のグラフを見ればわかるとおり、竹中金融担当大臣が不良債権を処理した2003年をピークに、就職氷河期の最悪の時期が終わりました。
竹中改革は、労働市場を改善したのです。
また格差に関しても、この図の青い棒グラフを見ればわかるとおり、2005年以降、再分配後の所得ジニ係数は低下しており、竹中改革により格差が拡大したということもありません。
それにもかかわらず、なぜ小泉と竹中は批判されるのでしょうか。
おそらく背景には、一億総中流であった昭和へのノスタルジーがあるのでしょう。
昭和の時代は一億総中流社会で、誰もが豊かな生活を享受できた。
もしも昭和のやり方をそのまま続けていたなら、昭和の一億総中流社会を維持できたはずだ。
それゆえ、古き良き昭和を破壊した小泉と竹中が悪い。
こういう論理で小泉・竹中改革を批判する人は今でも多数います。
しかし、失われた30年は、むしろ、ネズミ講という昭和の古いしきたりがそのまま続いたことで生じたのですから、昭和へのノスタルジーから小泉・竹中改革を批判することは極めて的外れと評せざるを得ません。
このように、労働者派遣法規制緩和説は、まったくの間違いですが、バブル景気崩壊説は必ずしも間違いではありません。
不況になれば、失業率が増加するのは、世界共通の現象です。
しかし、海外では、景気が改善すると、失業率が低下します。
10年以上も就職難の時期が続くのは、世界的に見て異常なことなのです。
実は、バブル景気が崩壊したといっても、1993年から2004年にかけての就職氷河期を通してずっと不況であったのではありません。
内閣府が認定しているバブル景気以降の景気循環の基準日付をご覧ください。
就職氷河期の間に二回も好況があったのですから、たんなる不況で説明がつく話ではありません。
もとより、バブル崩壊後、今日に至るまで低成長が続いている以上、循環的に訪れる並の好景気で労働市場が大きく改善することはないと反論する人もいるでしょう。
このグラフの青線は、日本の一人当たりGDPの成長率を示したものです。
赤色の二次近似曲線を見ればわかるとおり、1973年までの高度成長期、1991年までの安定成長期と比べて、1991年以降の低成長期の水準が低くなっています。
一人当たりGDPの成長率は、2012年から2020年までのアベノミクスの期間において、それ以前の就職氷河期と比べて高くなかったのにもかかわらず、労働市場が改善しました。
それは、しばしばアベノミクスの成果として宣伝されますが、実際には、2012年から2014年にかけて団塊の世代が65歳となって定年退職し、新たに若い人材を確保するニーズとともにリソースの余裕が企業に生まれたため、完全失業率が急速に低下し、氷河期世代の正規雇用労働者化が進んだのです。
それゆえ、就職氷河期の原因は、たんなる不況ではなくて、団塊世代の高すぎる職能給と過剰に保護された正規雇用の地位であったと言えるのです。
二番目の通説でも、一番目の時と同様に、因果関係が逆ではないかと考えられます。
ちょうど規制緩和が原因で就職氷河期が生まれたのではなく、逆に、就職氷河期が生まれたからこそ、規制緩和が推進されたように、長期的な低成長が原因で就職氷河期が生まれたというよりも、むしろ、就職氷河期が生まれたからこそ、経済が長期的に低成長になっているのではないでしょうか。
1990年以降の実質GDP成長率を要因分解したこのグラフをご覧ください。
就業者数の増加は押上げ要因になっているので、人口オーナスで失われた30年を説明できません。
押し下げ要因となっているのは、一人当たり労働時間です。
非正規雇用労働者を必要な時に必要なだけ活用することで、時間当たり労働生産性は上昇したけれども、一人当たり労働時間が減少した結果、実質GDP成長率が低迷したということです。
その意味で、「就職氷河期が生まれたから、経済が長期的に低成長になっている」という逆の因果関係が成り立つのです。
第五章 今もなお続くもう一つのネズミ講
2012年以降、団塊の世代が定年退職しましたが、ネズミ講オーナスはまだ続きます。
賦課方式の公的年金と高齢者の負担が低い公的医療保険は、現役世代から退職した高齢者へ所得を移転するがゆえに、ネズミ講として機能するからです。
社会福祉が特にネズミ講化したのは、田中角栄が「福祉元年」と名付けた1973年以降のことです。
年金が積立方式から賦課方式の性質を強め、老人医療費が無料化されました。
今から見れば、後に禍根を残す不当な高齢者優遇策ですが、当時反対する世論はあまり強くありませんでした。
その理由は二つあります。
一方で、1973年時点での高齢者は、太平洋戦争の時代の現役世代で、戦後のインフレで財産を失って、生活に窮する人が多かったので、同情の対象となりました。
他方で、支える側の現役世代は、長期の高度成長により、経済的負担能力が高まっていました。
税や保険料といった社会保障負担の対GDP比率の推移を示したこのグラフをご覧ください。
赤線は日本、青線はOECD平均です。
1973年の福祉元年以降、増加してはいるものの、安定成長期には、OECD平均の水準と大きく異なっていません。
ところが、低成長期には、OECD平均の水準を大きく超えて上昇しています。
これは、高齢化に伴い、分子の社会保障負担が増える一方で、分母のGDPが伸び悩んだためです。
団塊世代が定年退職を始めた2012年以降、現役世代の負担は記録的な高さにまでなっています。
これは、今もなお続くもう一つのネズミ講オーナスです。
では、団塊世代の大半が死去したなら、団塊二世は、晴れてネズミ講オーナスから解放されるのでしょうか。
残念ながら、そうなりそうではありません。
団塊二世の行く手には、少子化対策がもたらす逆ネズミ講オーナスというさらなる負担が待ち構えているからです。
第六章 逆ネズミ講としての少子化対策
令和元年に、安倍首相は、全世代型社会保障を提唱し、消費税増税を財源として、幼児教育と保育を無償化した一方で、高齢者の負担増と給付減を決めました。
かくして、令和元年は、全世代型社会保障元年となりました。
岸田首相の時代になると、「異次元の少子化対策」が打ち出されるなど、近年、高齢者のための社会保障から次世代のための社会保障へと重点が移動しつつあります。
これは、下の世代が上の世代を搾取する逆ネズミ講が始まることを意味します。
そして、団塊二世は、またしても搾取される世代になりそうです。
福祉元年以降、上の世代が下の世代を搾取する社会保障のネズミ講が始まり、団塊二世は、下の世代の時、上の世代から搾取されました。
ところが、全世代型社会保障元年である令和元年以降、逆ネズミ講が始まったので、団塊二世は、上の世代になると、今度は、下の世代から搾取されるという踏んだり蹴ったりの人生を送ることになります。
団塊二世は、もはやたんなる就職氷河期世代ではなく、人生氷河期世代となりつつあります。
団塊二世の悲劇は、その数の多さに起因します。
上の世代も下の世代も、数が多いことを良いことに、寄って集って団塊二世を食い物にしています。
このような不公平で理不尽な搾取を「支え合いの精神」などという偽善的な理念で美化すべきではありません。
そこで、最後の章では、ネズミ講問題の本質を明らかにしたうえで、ネズミ講オーナスと逆ネズミ講オーナスから脱却する根本的な方法を考えたいと思います。
第七章 ネズミ講オーナスから脱却するには
日本はなぜネズミ講を始めたのでしょうか。
私は、前回のビデオで、終身雇用と年功序列を特徴とする日本的経営は、「本物の社会主義革命あるいは共産主義革命を阻止するための妥協策として生み出された疑似社会主義的な経営」と説明しました。
田中角栄が「福祉元年」という社会主義的なバラマキ政策に踏み切ったのも、革新野党への政権交代を阻止するためでした。
太平洋戦争の現役世代は、インフレで貧困化していたので、戦後の日本は《能力に応じて働き、能力に応じて受け取る》という資本主義の原則を否定し、《能力に応じて働き、必要に応じて受け取る》という共産主義の原則を採用した結果、年功序列というネズミ講ができました。
また、保険における受益と負担の一致という資本主義の原則を否定し、太平洋戦争の現役世代であった高齢者には負担なき受益を、後の世代には受益なき負担を差配するバラマキ福祉を採用した結果、現役世代から高齢者に所得を移転する年金と医療というネズミ講ができました。
つまり、戦後の日本でネズミ講が広がった根本的な原因は、太平洋戦争での敗北ということです。
戦中戦前の世代は、「欲しがりません勝つまでは」をスローガンに、苦難に耐えましたが、負けたために、戦争への貢献が報われることはありませんでした。
敗戦の損失はあまりにも大きかったので、世代内での損失補填が困難となり、戦後生まれた団塊世代が補填することになりました。
そこで団塊世代のスローガンは、「欲しがりません年を取るまでは」となったのです。
こうして損失補填を次の世代へと先送りするネズミ講が誕生しました。
団塊世代の次の新人類世代も「欲しがりません年を取るまでは」ですが、今の若者は「欲しがります最初から」なので、間に挟まれた団塊二世は「欲しがりません永遠に」となり、人生氷河期世代になってしまったのです。
敗戦による損失を戦争の現役世代だけで補填できなかったのは仕方がないことだとしても、その負の遺産を団塊二世という特定の世代に押し付けることは、フェアではありません。
1997年にアルバニアでは、国民の半分以上が参加していたネズミ講が破綻したのをきっかけに、暴動が起き、内乱状態となりました。
日本ではそれよりももっと大きなネズミ講の被害が出ているにもかかわらず、最大の被害者である団塊二世は暴動すら起こそうとしません。
最近、ガソリンポリタンクを積み込んだ自動車で自民党本部と首相官邸を襲撃した団塊二世の男がいましたが、せいぜいこの程度なのですから、団塊二世は実におとなしいと言えます。
しかし、おとなしいからといって、いくらでも搾取してよいということにはなりません。
世代間搾取のない社会を目指さなければいけません。
ネズミ講オーナスから脱却するには、報酬と貢献、受益と負担を一致させない社会主義から脱却する必要があります。
かつて、日本は世界で最も成功した社会主義国家と称えられたことがありましたが、日本型社会主義の成功と思えた80年代までの繁栄も、ネズミ講ボーナスがもたらしたまやかしの繁栄に過ぎなかったのですから、結局のところ、社会主義が成功した国は皆無ということになります。
それゆえ、経済成長を求めるなら、日本も社会主義から新自由主義へと体制を変えなければなりません。
新自由主義の原則は、自助自立です。
その原則に基づいてネズミ講を徹底的に廃止しようとするなら、年功序列を廃止し、公的年金制度も廃止し、医療保険の世代間格差を是正しなければなりません。
逆ネズミ講を廃止するには、少子化対策を停止しなければなりません。
ネズミ講を維持するためにネズミの数を増やすのではなくて、ネズミ講そのものをやめなければいけません。
もちろん、自助自立といっても、自立できない人もいます。
そうした人は、負の所得税でピンポイントにターゲットを絞って救済すればよいというのが新自由主義者の考えです。
個別の救済は、ある世代が他の世代を丸ごと支えるネズミ講や逆ネズミ講とは異なり、社会全体の負担が大きくありません。
結論をまとめましょう。
生涯現役、すなわち、年齢差別なき職務給と自助自立、および個人単位での最小限の公助で日本はネズミ講と逆ネズミ講から脱却すべきです。