新自由主義はなぜ誤解されるのか
おおよそ新自由主義ほど左右両陣営から非難されている経済思想はありません。しかし、なぜ新自由主義はそれほど非難されなければならないのでしょうか。本稿は、そもそも新自由主義とはどのような思想であったのかの説明から始めて、なぜ最高の思想である新自由主義が最低の思想と誤解されるようになったのかを解説します。
あるいは要約を動画で観る:新自由主義を支持する経済的弱者は「肉屋を支持する豚」なのか
【動画の目次】
00:28 第一章 サッチャリズムは福祉を強化した
03:03 第二章 英国経済復活は北海油田が原因か
05:52 第三章 新自由主義による格差拡大は悪か
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新自由主義を支持する経済的弱者は肉屋を支持する豚 ... そう思っていませんか。新自由主義は福祉切り捨てと一般に思われていますが、実際には、新自由主義は福祉を充実させます。つまり、新自由主義は弱者にも恩恵をもたらすのです。このことを新自由主義の代表例である英国のサッチャー政権で確認しましょう。
第1章 サッチャリズムは福祉を強化した
英国は、第二次世界大戦後、ベヴァリッジ報告書に基づいて、「ゆりかごから墓場まで」をスローガンとする福祉国家を実現しましたが、その結果、英国病と呼ばれる深刻な経済停滞に陥りました。この英国病を治したのが、サッチャリズムと呼ばれるサッチャーの新自由主義的な改革です。
このグラフは、1961年から2024年にかけての1人当たり実質GDPの年間成長率を英国は赤で、世界平均は緑で描いたものです。長期的なトレンドがわかるように、両方の点線に実線で2次近似曲線を引きました。英国病の時代、英国は世界平均を下回っていましたが、サッチャー政権の時代、およびその後を継いだメージャー政権の時代に、上回るようになりました。
その結果、英国の福祉はどうなったでしょうか。この図で、赤色のグラフは、サッチャー就任前を10とした時の実質社会保障費、青色のグラフは、英国政府の支出に占める社会保障の割合、緑色のグラフは、英国のGDPに占める割合です。サッチャー政権時代、社会保障費は、インフレの影響を取り除いても、増えています。緊縮財政にもかかわらず、英国政府の支出に占める割合も増えています。
GDPに占める割合は、退任時に就任時と同じ水準まで下がっていますが、これは、分母のGDPが大きく増えたからにすぎません。この傾向は、サッチャー政権を引き継いだメージャー政権の時代にも続いています。
この事実は、新自由主義は弱者切り捨てと思い込んでいる人にとって意外かもしれません。しかし、新自由主義が切り捨てるのは弱い生産者です。弱い生産者を淘汰することで、生産性が向上し、経済が成長し、税収が増加するからこそ、弱い生活者を保護できるのです。弱い生産者を保護しないからこそ、弱い生活者を保護できるというのは、逆説でもなんでもなくて、当たり前の話なのです。
第2章 英国経済復活は北海油田が原因か
もとより、サッチャーの新自由主義的な改革の成果を疑問視する人もいます。例えば、著名投資家のジム・ロジャーズは、こう言っています。
サッチャー政権の構造改革が起爆剤になったという人もいるが、サッチャー政権時代にイギリス経済は一時的に持ち直したものの、英国病の克服といえるほどの絶大な効果があったかというと、疑問が残る。復活の決定打となったのは、1960年に開発が始まった北海油田だ。イギリスは1980年から2005年までの間、石油の純輸出国となり、外貨を豊富に獲得できるようになったのである。1
しかし、1960年代以降に北海油田を開発できたのは英国に限りません。この地図からもわかるとおり、オランダも、同時期、天然ガスを豊富に生産できるようになりました。天然資源という同じ僥倖に恵まれたのにもかかわらず、両国の結果は真逆でした。
ここで、オランダの1人当たり実質GDPの年間成長率を青色で加えて比較しましょう。オランダは世界平均や英国を上回っていましたが、サッチャー政権とメージャー政権の時代に英国に逆転され、その後世界平均まで下回りました。このオランダの経済停滞はオランダ病と呼ばれます。
英国の英国病は、北海油田開発後に克服されましたが、オランダは、英国よりも経済成長していたのにもかかわらず、北海油田開発後にオランダ病になりました。両国の対照的な帰結はロジャーズ説で説明できません。
オランダは、天然ガスで多くの外貨を稼いだものの、通貨高と賃金上昇により国内製造業が国際競争力を失い、衰退してしました。これがオランダ病です。これに対して、英国では、サッチャーが、労働組合を弱体化させて、賃金の割高化を防ぎ、また、民営化・規制緩和・外資の積極導入により国内産業の国際競争力を復活させました。それゆえ、英国が北海油田でオランダ病にならなかったのは、新自由主義的な改革のおかげなのです。
第3章 新自由主義による格差拡大は悪か
新自由主義が経済を成長させるとしても、それで格差が拡大するのなら、社会的公平性に反すると感じる人もいることでしょう。所得の不平等さを測る指標、ジニ係数で、サッチャリズムによる格差拡大を検証しましょう。
この図で、赤いグラフは英国のジニ係数、青いグラフは米国のジニ係数です。英国のジニ係数は、福祉国家時代においては米国よりもはるかに低い水準にありましたが、サッチャー政権時代に米国の水準にかなり近づきました。メージャー政権時代は横ばいでしたが、ブレア政権以降低下する傾向にあります。
サッチャーは、格差拡大を問題視した野党議員に対してこう反論しています。
あらゆる所得階層の人々は1979年当時よりも生活水準が向上しています。議員は、むしろ富裕層の富を減らして、貧しい人々をさらに貧しくさせたいと言っています。そのようなやり方では、私たちが成し遂げたように、より良い社会サービスのための富を生み出すことは決してできません。2
要するに、金持ちを貧乏にすると、貧乏人はもっと貧乏になるということです。では、なぜそう言えるのでしょうか。階級闘争論的に、金持ちを資本家、貧乏人を労働者に置き換えて説明しましょう。
この図は、左翼が考える格差の拡大を表しています。資本家が労働者を搾取するから、労働者は貧しくなるというのです。左翼は富の全体が固定されていると想定し、資本家を貧しくすれば、労働者が豊かになると思い込みます。
サッチャーは、そうしたゼロ・サム・ゲームの考えを否定します。この図で、資本家と労働者の格差は拡大していますが、富の全体が成長しているので、資本家だけでなく、労働者も豊かになっています。矢印を逆にすると、格差は縮まりますが、資本家だけでなく、労働者まで貧しくなってしまいます。「金持ちを貧乏にすると、貧乏人はもっと貧乏になる」所以です。
ブレア政権以降、英国は、教育に力を入れたり、最低賃金を引き上げたりして、格差を縮小しましたが、その結果、経済は成長しなくなりました。現在の英国は、1人当たり実質GDPの年間成長率が世界平均を下回り、新たな英国病を発症しています。
今回紹介したサッチャーの新自由主義は、日本にとっても参考になります。英国は、福祉国家の理念に基づく積極財政でスタグフレーションに陥りました。スタグフレーションとは、インフレ、すなわち、物価高と経済低迷が同時に起きる現象です。英国は、これをサッチャリズムで克服しました。
日本も異次元緩和とコロナ禍により、スタグフレーションに陥りました。スタグフレーションは、財政ポピュリズムの成れの果てです。物価高対策として積極財政を求める声が強いようですが、積極財政でスタグフレーションになったのに、その対策として積極財政というのは愚の骨頂です。日本も、スタグフレーションを新自由主義的な改革で克服しなければいけません。
ジム・ロジャーズ. “「失われた30年」の正体。世界一裕福な国だった日本に起きた異変.” ZUU online. ジム・ロジャーズ『捨てられる日本 世界3大投資家が見通す戦慄の未来』SB新書 606. SBクリエイティブ (2023/2/7) を抜粋・編集した記事。
House of Commons Hansard Debates for 22 Nov 1990. Column 448.


