健康に悪い脂質は何か【永井俊哉ニューズレター】
脂質のイメージはあまり良くありません。特に、飽和脂肪酸は有害なので、不飽和脂肪酸に変えた方がよいというのが、長年信じられてきた常識です。しかし、本当に飽和脂肪酸は有害で、不飽和脂肪酸はすべて有益なのでしょうか。このプレゼンテーションでは、最新のエビデンスに基づいて、脂質の各種類が健康に与える影響を再評価します。
この動画は、Laniでの連載「健康とアンチエイジング」の「健康に悪い脂質は何か」を要約して解説したものです。テキストによる詳細は、リンク先を参照してください。
動画トランスクリプション
第一章 脂質の構造と脂肪酸の種類
食品に含まれる脂質の9割程度は、トリグリセリドという中性脂肪です。この図は、トリグリセリドの一例で、グリセリンが3分子の脂肪酸とエステル結合していることが示されています。この例では、上から順にパルミチン酸、オレイン酸、アルファ・リノレン酸という脂肪酸がグリセリンと結合しています。パルミチン酸は、16の炭素が単結合する飽和脂肪酸、オレイン酸は、一つの二重結合を有する一価不飽和脂肪酸、アルファ・リノレン酸は、複数の二重結合を有する多価不飽和脂肪酸です。オレイン酸は、二重結合が末端から数えて9番目にあることから、オメガ9脂肪酸に分類されます。オメガは、ギリシャ文字のアルファベットで最後に位置する文字です。アルファ・リノレン酸の場合、最後から数えて3番目に最初の二重結合があるので、オメガ3脂肪酸ということになります。脂質の種類の分類を健康に及ぼす影響という観点からしましょう。飽和脂肪酸の場合、重要なのは、炭素数です。炭素数13以上なら、長鎖、7から12なら、中鎖、6以下なら、短鎖です。不飽和脂肪酸の場合、重要なのは、二重結合の位置と数です。オメガ9脂肪酸のほとんどは一価不飽和脂肪酸で、オメガ6脂肪酸とオメガ3脂肪酸は多価不飽和脂肪酸です。栄養学的に重要なもう一つの脂肪酸の分類は、シス型とトランス型という異性体の区別です。この図は、シス型不飽和脂肪酸のオレイン酸とトランス型不飽和脂肪酸、略してトランス脂肪酸のエライジン酸との違いを構造式とモデルで示しています。シス型では、炭素骨格あるいは水素原子が二重結合の同じ側についているのに対して、トランス型では、それらが二重結合の反対側についています。脂質には、単純な中性脂肪以外にも、脂肪酸が、タンパク質、糖、リン酸と結合してできたリポタンパク質、糖脂質、リン脂質といったより複合的な化合物もあります。中性脂肪がエネルギー源として使用されるのに対して、これらは、細胞の構成要素になります。このうち、循環器疾患で重要なのはリポタンパク質です。リポタンパク質は、この図で示したように、中性脂肪やコレステロール・エステルなどの疎水性の脂質を両親媒性の表面で覆ったミセルで、脂質を血液中で運搬しています。悪玉コレステロールと呼ばれているLDLコレステロールのLDLは、低密度リポタンパク質、善玉コレステロールと呼ばれているHDLコレステロールのHDLは、高密度リポタンパク質の略です。飽和脂肪酸の摂取量が増えると、コレステロールも増えることから、飽和脂肪酸の摂取を減らすべきだという学説が誕生しました。次に、その学説史を振り返りましょう。
第二章 飽和脂肪酸をめぐる学説史
飽和脂肪酸有害説を最初に提案したのは、米国の生理学者、アンセル・キースです。キースは、日米欧七ヶ国での共同研究やミネソタ冠状動脈実験の結果から、心臓病の原因を飽和脂肪酸の過剰摂取に求めました。しかし、キースとは異なる見解を示した学者もいました。英国の生理学者、ジョン・ユドキンは、1972年に『純粋で、白く、致命的』という本を出版し、心臓病を含めた多くの疾患の原因を砂糖の摂取に求め、キースと論争になりました。この論争に勝ったのは、キースです。医学界はキース説を支持し、ユドキン説は、異端の説になりました。アメリカ心臓協会のサイトには、今でもこう書かれています1。「アメリカ心臓協会は、バター、チーズ、赤肉などの動物性食品、熱帯植物の脂に含まれる飽和脂肪酸を制限することを推奨します。」また、「熱帯植物の脂の代わりに液体の植物油で調理しなさい」とも言っていますが、これは、ココナッツ・オイルのような飽和脂肪酸の脂を使わずに、キャノーラ油のような不飽和脂肪酸が豊富な油を使えということです。日本ではどうでしょうか。厚生労働省が策定した2020年版の日本人の食事摂取基準には、こうあります。「飽和脂肪酸は、高LDL コレステロール血症の主な危険因子の一つであり、循環器疾患(冠動脈疾患を含む)の危険因子でもあることから、生活習慣病の発症予防の観点から 3 歳以上で目標量(上限のみ)を設定した。2」目標量の上限は設定しても、下限は設定しないということは、できるだけ減らしなさいということです。このように、キース説は日本でも米国でも定説になっていますが、キース説よりもユドキン説を支持する調査結果もあります。キースがよりどころとした研究は、飽和脂肪酸の摂取量が比較的多い先進国を対象としていました。それなら、飽和脂肪酸よりも炭水化物の摂取量が相対的に多い発展途上国では、どうなのでしょうか。低所得国を含めた世界18か国の13万人以上を中央値7.4年間追跡した前向きコホート研究によると、五分位での摂取量最低位と比較した最高位の全原因死亡率ハザード比は、炭水化物で有意に1を超えたのに対して、飽和脂肪酸では有意に1を下回りました。炭水化物の摂取量を減らし、飽和脂肪酸の摂取量を増やした方が死亡率は低下するということです。本当に飽和脂肪酸は有害なのでしょうか。この問題を次の章で考えましょう。
第三章 飽和脂肪酸は健康に有害か
米国以外の国では、キース説は裏付けられませんでした。では、キースのおひざもとの米国ではどうでしょうか。52万人以上の米国人を16年間追跡した前向きコホート研究によると、五分位での摂取量最低位と比較した最高位の全原因死亡率ハザード比は、同じカロリーの炭水化物を置換した場合、飽和脂肪酸で有意に1を超え、多価不飽和脂肪酸で有意に1を下回りました。米国ではキース説が成り立つように思えます。しかし、そこには交絡因子がないのかどうかを慎重に見極めなければなりません。なぜなら、この研究では、同じ一価不飽和脂肪酸への置換効果でも、全原因死亡率ハザード比が動物性食品なら有意に1を超えるのに対して、植物性食品なら有意に1を下回っているからです。このような違いはなぜ生まれるのでしょうか。牛脂と豚脂には、一価不飽和脂肪酸のオレイン酸が約45%含まれます。オレイン酸は、植物油の主要成分です。同じオレイン酸の摂取でも、牛肉や豚肉からなら有害だけれども、植物油からなら有益ということは考えにくいので、死亡率の違いは、オレイン酸ではなくて、植物にはない牛肉や豚肉の赤身肉に求められるべきでしょう。赤身肉の有害さを、2022年発表のメタアナリシスで確認しましょう。赤身肉を鶏肉で置換した時の相対リスクは、冠状動脈性心疾患発生率でも全原因死亡率でも有意に1を下回ります。100グラムあたりの飽和脂肪酸は、牛肉で4.62グラム、豚肉で4.36グラム、鶏肉で4.37グラムです。鶏肉は、牛肉や豚肉と同程度の飽和脂肪酸を含みますが、赤身肉のように死亡率を高めません。これはキース説では説明できないことです。赤身肉が白身肉とは異なって死亡率を高めるのは、赤身肉に含まれるカルニチンのせいと考えられます。カルニチンは、腸内細菌の代謝によって、ガンマブチロベタインとなります。これが、トリメチルアミンを経てトリメチルアミンN-オキシドに変換され、アテローム性動脈硬化症や血栓を促進するがゆえに、赤身肉の消費は心血管疾患リスクを高めるのです。米国では、なぜキース説が成り立つように見えるかを説明しましょう。米国は、一人当たり牛肉消費量が世界で最も多い国の一つです。牛肉は、豚肉よりもより多くのカルニチンを含みます。そのため、牛肉のような赤身肉の摂取を増やすと、一方で飽和脂肪酸の摂取量が増え、他方でカルニチンのおかげで死亡率が増加します。すると、飽和脂肪酸の摂取が原因となって死亡率が上昇したという因果関係が成り立つように見えます。このように相関する二つの変量に影響を与えて、見せかけの因果関係を作り出す第三の因子を交絡因子と言います。しかし、飽和脂肪酸摂取増加と死亡率上昇との間に成り立つかに見える因果関係は、鶏肉のような白身肉とともに増加する飽和脂肪酸摂取量が死亡率を低下させるという反証例で否定されます。牛肉は高価なので、貧しい国ではそれ以外の食品からより多くの飽和脂肪酸を摂取しています。こう考えれば、なぜ世界全体では、米国とは異なり、飽和脂肪酸の摂取が死亡率を高めないのかがわかります。飽和脂肪酸を多く含むもう一つの食品は、ココナッツ・オイルです。肉とは異なり、中鎖脂肪酸が多いことから、エネルギーとして利用されやすい、つまり蓄積されにくい脂としてブームになっています。アメリカ心臓協会は、ココナッツ・オイルが不飽和脂肪酸の油脂と比較して総コレステロールを有意に増やすことを問題視しています。しかし、LDLコレステロールが8.6%増えたのに対して、HDLコレステロールも7.8%増えており、LDLとHDLとの比はほとんど変化していません。他の循環器疾患のリスク要因も変化していないのですから、ココナッツ・オイルを有害と判定するのは不当です。実際、ココナッツ・オイルを大量に摂取しているポリネシア人たちは、循環器疾患と無縁です。飽和脂肪酸を含むもう一つの主要な食品は、乳製品です。2021年に、乳脂肪摂取のバイオマーカーである血清ペンタデカン酸と心血管疾患発症との関連性を調査したコホート研究の結果が発表されたので、それを紹介しましょう。このグラフの横軸は、血清ペンタデカン酸の全脂肪酸に占める割合、縦軸は、心血管疾患発症のハザード比です。10パーセンタイルが基準で、上下の破線は95%信用区間の上限と下限です。ヒストグラムはコホート内の血清ペンタデカン酸の分布を表しています。見ての通り、乳脂肪の摂取が増えるにつれ、心血管疾患発症のリスクは低下します。ここでも、キース説は成り立たないと言わざるをえません。
第四章 不飽和脂肪酸は健康に有益か
不飽和脂肪酸の中で、最も健康に良いとされているのは、オメガ3脂肪酸です。魚に含まれるEPAやDHA、アマニ油やエゴマ油に含まれるアルファ・リノレン酸がその代表ですが、これらは本当に健康に良いのでしょうか。ここで再び米国でのコホート研究の結果を見ましょう。五分位での摂取量最低位と比較した最高位の全原因死亡率ハザード比は、同じカロリーの炭水化物を置換した場合、海洋性のオメガ3脂肪酸、つまり魚で有意に1を下回りましたが、アルファ・リノレン酸で有意に1を超えました。なぜこのような結果になったのでしょうか。結果が芳しくなかったのは、海外では、アルファ・リノレン酸をキャノーラ油から摂取することが多いからなのでしょう。キャノーラ油は、アルファ・リノレン酸を11%程度含んでいますが、60%程度はオレイン酸なので、炒め物や揚げ物などに使われます。オメガ3脂肪酸は高温環境下で容易に酸化し、劣化します。過酸化脂質は有害で、それゆえ、死亡率が高くなったと考えられます。魚油のサプリメントも要注意です。2017年発表の調査結果によると、市販されているオメガ3脂肪酸のサプリメントの大半は酸化されているとのことです。魚から抽出し、製品化する過程で脂が酸化されやすいからです。この点、魚を直接食べる方が低リスクと言えます。次に、オメガ6脂肪酸摂取の効果を先ほどのコホート研究の結果で確認しましょう。五分位での摂取量最低位と比較した最高位の全原因死亡率ハザード比は、同じカロリーの炭水化物を置換した場合、リノール酸で有意に1を下回りましたが、アラキドン酸で有意に1を超えました。それなら、アラキドン酸を避けて、リノール酸を摂取すればよいと思うかもしれません。しかし、話はそう単純ではありません。体内での代謝により、アルファ・リノレン酸がEPAやDHAに変換されるように、リノール酸はガンマ・リノレン酸やアラキドン酸に変換されるからです。この図で青と赤に色分けされて示されているように、リノール酸自体は、炎症を抑制するのですが、アラキドン酸は、炎症を促進します。炎症は寄生者の駆除に役立つので、必ずしも悪いとは限らないのですが、前回の「免疫のジレンマ」でも述べたとおり、免疫は両刃の剣で、守るべき宿主まで傷つけてしまいます。現代のように衛生環境が改善する中、寿命が延びている時代には、寄生者に対する脅威に備えるよりも、抗炎症、すなわち、抗老化を優先しなければなりません。抗老化を優先するなら、オメガ3脂肪酸の摂取を増やし、オメガ6脂肪酸の摂取を控えなければいけません。1:2ぐらいの比率が最適です。オメガ3脂肪酸には摂取前だけでなく、摂取後も体内で酸化されるリスクがありますが、カロリー制限あるいはカロリー制限模倣物質の摂取で、抗酸化カスケードを促進すれば、免疫は抑制されるものの、体内での酸化は防げます。最後にオメガ9脂肪酸を取り上げましょう。オメガ9脂肪酸で有名なのは、オリーブ・オイルの7割を占めるオレイン酸です。地中海料理によく使われるオリーブ・オイルは、地中海食ブームに乗って、日本でも人気となりましたが、その健康効果はどうなのでしょうか。オリーブ・オイルの摂取効果を調べたコホート研究があるので、その結果を紹介しましょう。三分位での摂取量最低位と比較した最高位の全原因死亡率ハザード比は、一般的なオリーブ・オイルでは有意に1を下回りませんでしたが、バージン・オリーブ・オイルでは、有意に1を下回りました。バージン・オリーブ・オイルとは、オリーブの実の一番搾りです。オリーブ・オイルはオメガ9で、酸化しにくいとはいえ、不飽和脂肪酸ですから、時間とともに酸化され、劣化します。それゆえ、バージン・オリーブ・オイルでなければ、健康効果は期待できないということです。脂質の酸化しやすさ、つまり、脂肪酸の不飽和度の高さを表す指標としてヨウ素価があります。ヨウ素価は、油脂100グラムに付加できるヨウ素のグラム数です。これまで登場した脂質をヨウ素価の低い順に書くと、ココナッツ・オイル、オリーブ・オイル、キャノーラ油、アマニ油、エゴマ油の順となります。オリーブ・オイルは、他の不飽和脂肪酸よりは酸化されにくいものの、飽和脂肪酸のココナッツ・オイルにはかないません。炒め物をする時には、ココナッツ・オイルを使った方が酸化のリスクが低くなります。とはいえ、過熱料理は、たんに脂質の酸化だけでなく、タンパク質の糖化をも促すので、できるだけ弱火で料理した方が賢明です。
第五章 脂質の健康効果のまとめ
結論をまとめましょう。健康に悪い脂質は、トランス脂肪酸過酸化脂質アラキドン酸の三つです。トランス脂肪酸は、かつてはマーガリンなどに含まれていましたが、最近ではメーカー側の取り組みにより、トランス脂肪酸の含有率が低下しているので、今ではあまり心配する必要はありません。むしろ、多くの人にとって盲点となっているのは、健康に良いと信じて積極的に摂取している不飽和脂肪酸が酸化によって過酸化脂質になるリスクです。光、酸素、熱、水、金属、特に鉄が不飽和脂肪酸の酸化を促進するので、これらのリスク要因に気を付けなければいけません。アラキドン酸は、卵や豚肉に多く含まれていますが、それらを制限するだけでは不十分です。体内でリノール酸から作られるので、オメガ6脂肪酸の摂取全般を制限する必要があります。健康に良い脂質としては、オメガ3脂肪酸、中鎖脂肪酸、オレイン酸の三つを挙げられます。オメガ3脂肪酸の摂取方法としては、EPAやDHAを豊富に含むマグロのトロ、ブリ、サンマ、サーモンの刺身を新鮮なうちに食べるという方法が、酸化リスクを最も低減させる方法としておすすめです。中鎖脂肪酸としては、以前のビデオ、「16時間断食の弊害の克服法」で炭素数8のカプリル酸を絶食模倣食としておすすめしましたが、これは調理には使えないので、炒め物をするときには、ココナッツ・オイルということになります。ココナッツ・オイルの独特のにおいが気になるという人は、オリーブ・オイルを使えばよいでしょう。長鎖飽和脂肪酸は、健康に対して中立ですが、だからと言っていくらでも摂取してよいということはありません。ただし、それはカロリー制限という観点からの制限で、飽和脂肪酸が有害だからではありません。半世紀前のキースの勧告は、すでに時代遅れになっているというのが、今回のプレゼンテーションの結論です。
"The American Heart Association recommends limiting saturated fats – which are found in butter, cheese, red meat and other animal-based foods, and tropical oils. [...] Eat foods made with liquid vegetable oil but not tropical oils." ― American Heart Association. “Saturated Fat.” Nov 1, 2021.
厚生労働省健康局健康課栄養指導室『日本人の食事摂取基準(2020年版)策定検討会報告書』令和元年12月24日. p. 143.